脳梗塞からの生還

後遺症と闘いながら再起不能状態から完全復帰を果たしたカイロプラクターの記録

脳梗塞:リハビリ病院への転院

      2019/01/20

【リハビリ病院への転院】
そして9月5日、待ちに待ったリハビリ病院への転院の日を迎えました。

担当チームの医師も、『リハビリ病院はリハビリのメニューも多いから大変だけど、その分回復も早いですよ』と言って励ましてくれるので、もう、モチベーションは最高潮!
鼻息は荒いです。

この頃の私は、リハビリをやる度に出来る事が増えて行くので『一日中リハビリ頑張るから、リハビリメニューをいくらでも下さい!』って気分でした。
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(これは転院後、最初の週のリハビリメニューです)

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車椅子ごと乗れるタクシーで、都立台東病院に移動して入院手続きをし、個室に入りました。
(転院で入室直後の様子。本当は安いし、大部屋で良かったんですが、個室しか空きがなかったんです…)

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この個室の窓の外には、スカイツリーがデーンとそびえ立って見えるのでした。
何だか窓からの眺望が良くて、すごく得したような気がしました。
(まぁ後に隣の保育園の外壁工事がどんどん進んでいって、見え辛くなるんですけどね写真の様に)

病室に入って諸々注意を受け少し休んでいると、明日からのリハビリを担当してくれる、理学療法士、作業療法士、言語聴覚療法士の方々が、かわるがわる挨拶に来てくれました。
(これらのリハビリ担当の先生たちの中で、私は特に理学療法士のSさんと仲良しになり、退院後一緒に飲みに行くようになります。それは又、後日。)

台東病院の看護・介護スタッフはベテラン揃いで、頼りになる感じです。
(男性の看護師さん、介護士さんもいらっしゃいます)
そして、皆さん実に細やかな気配りをして下さいます。

この頃になると食事を楽しめる位、精神的にも余裕が出てきていました。
台東病院での食事は病室ではなく、食堂で他の入院患者さん達と一緒にします。

初めての食事は昼食でした。
新参者の私は、先にテーブルに着いていた“先輩方”一人ひとりに挨拶をして回りました。

皆さん私より相当な先輩たちで、殆どの方が70代、80代でいらっしゃいます。
そのせいか病気のせいか分かりませんが、皆さんあまり元気がなく、愚痴っぽくなっておられます。

(まあ、このお歳だと、なかなかリハビリもキツいんだろうな~)と思いました。
でも私はまだまだ隠居する訳にもいきませんので、ここはひとつ宇宙人のように見えるかもしれないけど、元気でいようと決心したのでした。

台東病院には規約で6ヶ月までしか入院できません。
私はそれを聞いたとき(6ヶ月も居るつもりはない)から・・・と、他人事のように聞いていました。

食堂で私の右隣だったSさんは、私が入院した日に『もう、かれこれ5ヶ月になるけど、なかなか良くならない・・・』と言っていましたから、もう退院はされたと思いますが、どうされているのかちょっと気がかりです。
私が退院する時点では、まだ歩けるようにはなっておられませんでしたし、右手の拘縮も強く残っていましたので。

でもまあ、ヘルパーさんを頼んだり、困らないようにはなっているんだとは思いますが・・・。

台東病院のすぐ脇にある鳳神社は酉の市で有名な神社です。
食事中一番よく会話をした左隣のYさんは熊手屋さんなんですが、毎年ここには来ているんだそうです。

私より一足早く退院して行かれましたが、酉の市での再会を誓ったのでした。

 

 

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脳梗塞の後遺症の軽減を目指す方
本当に仕事に復帰できてるか確かめてやろうという方

是非私を見に来て下さい。
今では後遺症があることも分からないと思います。
是非ご一緒にお話ししましょう!

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壮快カイロプラクティック院長 松本斉
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